岩谷宏訳 「ビートルズ詩集」

  • 2019.10.09 Wednesday
  • 21:38
評価:
ビートルズ
シンコーミュージック
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(1998-12-10)
コメント:訳者あとがきで「今回、あらためて、短時間で大量の曲・詞をチェックしてみて感じたのは、たしかに、音楽・感性・思想としてのロックの原点は、すべて、 ここビートルズ(とくにレノン・ジョン)にあること。ただし、全体としてはすごくあいまいで、ひ弱であること。」とある。その通りだと思う。だからこそ1962年のレコードデビューから60年近たった今でも色褪せない。
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ビートルズの曲では個人的に「I Will」「Hey Jude」「Penny Rain」 がベスト3だ。
「I Will」は学生のころ古本屋で何冊か買った「The Beatles Book」、各号の終わりにシングル

曲のA面かB面の歌詞が掲載されていた。その1冊に「I Will」が載っていた。

 

「I Will」

Who knows how long I've loved you.

You know I love you still.
Will I wait a lonely lifetime
If you want me to − I will.

 

<Google翻訳>
私はあなたをどれほど愛してきたか知っています
あなたは私がまだあなたを愛しているのを知っています
孤独な生涯を待つか
あなたが私にしたい場合-私はします

 

<岩谷宏さん訳>
ずっと前からあなたを好きでした
当然いまでも大好きです
でもこれからも一生待つことが
あなたの望みなら、そうします


日本語での「あなた」は「あ」「な」「た」の3つの音節からなり、日本の曲では1音に1音

節が充てられるので唄いやすい。そして最近カラオケで若者に昭和の歌謡曲が人気があるのは

日本の伝統音楽の5音音階からなるのでより唄いやすいからだろう。
英語の楽曲は7音音階である上、例えば「You」は日本語では「ゆ」「う」の2音節になるが

英語の「You」は1音節だ。だから1音に複数の音節が乗る英語の曲は個人的には覚えずらい。
しかしこの「I Will」は、ほぼ1音に1音節でありシンプルな単語による歌詞とゆっくとした

曲調で当時覚えやすかったが歌詞の意味は理解していなかった。

しかしこの岩崎宏さんによる「ビートルズ詩集」での「I Will」の訳詞を口にすると、じわじ

わと若い頃のほろ苦い想い出と葬り去った「純な気持ち」が蘇りちょっと嬉しくも物悲しい気

分となった。今ではビートルズの中では一番好きな曲となった。

 

それにしても岩崎宏さんには惑わされる。私が学生の頃は氏は渋谷陽一率いる「ロッキング・

オン」の編集者でありコンピュータに就職した頃の氏はコンピュータ関連の著述・翻訳活動家

だった。そして「ビートルズ詩集」の翻訳家である。

 

訳者あとがきで「訳詞とは直接の関係はないが「”きみ“ という言葉はとてもきらい。”あなた”

になってないと歌えない」という人もおり、そのような人にとっては、Youが 、”きみ”と訳さ

れていたら、正しい翻訳ではないことになる。そういうわけで、しよせん、どう転んでも、翻

訳とは訳者の作品でしかない。」
「今回、あらためて、短時間で大量の曲・詞をチェックしてみて感じたのは、たしかに、音楽

・感性・思想としてのロックの原点は、すべて、 ここビートルズ(とくにレノン・ジョン)に

あること。ただし、全体としてはすごくあいまいで、ひ弱であること。」
とある。その通りだと思う。だからこそ1962年のレコードデビューから60年近たった今でも

色褪せない。

 

「Hey Jude」

Hey Jude don't make it bad,
Take a sad song and make it better,
Remember, to let her into your heart,
Then you can start to make it better

<岩谷宏さん訳>

おいジュード、くさるなよ
気持を切り換えろよ
あのねえ、胸ー杯に彼女のこと思えば
明るい気持になれるんだ


中学のころ初め買ったシングル45回転レコードが「Hey Dude」だった。しかし田舎の小さな

レコード屋にあったのは「ウィルソン・ピケット」のパワフルでソウルフルな「Hey Dude」 

だった。このカバーもとても好きだ。今はレコードは無いが耳に焼き付いている。
また昨年だったかNHK/BSのドキュメンタリーで、チェコスロバキアの「プラハの春」の

後にワルシャワ条約機構軍の軍事介入して国全体がソ連とその配下の共産主義政権に従属させ

られた時に、当時チェコのトップ女性シンガーだった「マルタ・クビショヴァー」がプロテス

ト・ソングとしてこの「Hey Dude」を歌っていた。彼女を囲む多くの虐げられた民衆が一緒

に口ずさんでいたシーンは感慨深い。

 

「Penny Lane」

In Penny Lane there is a barber showing photographs
Of ev'ry head he's had the pleasure to know.
And all the people that come and go
Stop and say 'Hello'.

 

<岩谷宏さん訳>

ぺニー・レーン・ロータリーには写真を飾った床屋さんがあって
これまでに刈った全員の写真が貼ってある
行き交う人々はだれも
立ち止まってあいさつを交わす

 

子供の頃はどこでも住む街に対してのコミューナルなオーナーシップがあった思う。「わが街」

「わたしたちの街」「おれらの街」という意識だ。残念だが今はそれぞれが分断され消滅して

しまった。この曲を聴くと懐かしく当たり前と思っていた光景と雰囲気を思い出せてくれる。

 

「日本海軍 失敗の本質」

  • 2019.10.08 Tuesday
  • 22:24
評価:
千早 正隆
PHP研究所
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(2008-12-02)
コメント:著者は敗戦末期元帝国海軍の連合艦隊参謀でアメリカの戦史研究家ゴードン・W・ブランゲ博士の著作で映画にもなった「トラ・トラ・トラ」の翻訳者であり日本有数の海軍史研究家である。本著は1989年に刊行された「日本海軍の驕りの始まり」を改題し、再構成・再編集したものだ。改題により「日本海軍 失敗の本質」となったが、オーバーグランドでは「日本海軍」の「失敗の本質」を突いているが、本著には述べられていないが背景には満州における関東軍、無謀なインパール作戦を行った日本陸軍を含めて日本軍そのもの「失敗の本質」について問いかけている。

 

著者は敗戦末期元帝国海軍の連合艦隊参謀でアメリカの戦史研究家ゴードン・W・ブランゲ博士

の著作で映画にもなった「トラ・トラ・トラ」の翻訳者であり日本有数の海軍史研究家である。

本著は1989年に刊行された「日本海軍の驕りの始まり」を改題し、再構成・再編集したもの

だ。改題により「日本海軍 失敗の本質」となったが、オーバーグランドとして「日本海軍」の

「失敗の本質」に言及しているが、本著には述べられていないが背景には満州における関東軍、

無謀なインパール作戦を行った日本陸軍を含めて日本軍そのもの「失敗の本質」について問い

かけている。

海軍連合艦隊司令部山本五十六司令長官による主導による日本海軍航空部隊を主力とした真珠湾

奇襲攻撃という「戦術」は、結果としてアメリカ、イギリス側に従来の艦隊海戦「戦略」を航空

部隊を主力とする空母機動部隊の重視への「戦略」へといち早く変容させた。

しかし当の日本海軍は明治38年の日露戦争における対馬でのバルチック艦隊を迎撃し撃滅した

成功体験による「連合艦隊の戦略思想」のままで、以後も従来の大和、武蔵という巨艦巨砲によ

る迎撃海戦を「戦略」としたままだった。
また、日本軍全体を統括する軍令部は当初は真珠湾奇襲攻撃について反対の立場だったが山本司

令長官に押し切られ不承不承承諾する。奇襲攻撃が成功した後は軍令部が海軍連合艦隊司令部及

び山本司令長官への負目、遠慮から以後統率力とチェック機能が低下し両者の齟齬が大きなり、

この齟齬は敗戦まで影響を及ぼす。
真珠湾奇襲作戦の成功で増長した日本海軍は「ミッドウェー海戦」に先立つ対イギリス「インド

洋作戦」で近隣にいた本来叩いておくべき敵艦隊の情報が探索機からもたらされていたにもかか

わらず敵を過小評価し策敵を怠り見過ごした。

この敵への慎重さを欠く過小評価の体質が「ミッドウェー海戦」でも待ち伏せするアメリカ艦隊

の策敵を怠り見逃し壊滅的敗北をきす形で露見した。

更には「情報」「兵站」に対する問題意識の低さ。

アメリカの太平洋艦隊は終始一貫して真珠湾に司令部を置き情報及び通信の能力に重点を置いて

迅速、適切な作戦指揮をしていたが、日本海軍はその機能を戦場の三笠や長門という小さい旗艦

に集中させたため作戦に関わる参謀の不足による情報分析の低下や攻撃で艦隊内の通信機器に不

備が生じた状況では作戦指揮が不能になる事態が生じている。

そのうえ情報に関する関心が希薄で戦争の後半には日本海軍の使用した暗号のほとんどが敵側に

解読されていたが、日本海軍がそのことを知ったのは敗戦になってからというお粗末な状態であ

った。

「日本海軍が正面配備のハードウェアだけを重視して、それ以外のことに目をつぶっていたこと

は、日本海軍の体質に潜んでいたガンのようなものであった。」

三国同盟のドイツは第一次、第二次の両世界大戦におけるドイツ海軍は十分な水上艦戦力をもた

ないため、海上封鎖を水上艦では行えず、敵の強力な水上艦隊の勢力下でも作戦行動には敵に発

見されにくく大型船を撃沈できる魚雷をもち、建造費が大型艦に比べれば安価な潜水艦「Uボー

ト」を戦力上主力として最大限多用した。その発想は日本海軍には乏しかった。潜水艦を司令す

る組織もなかった。

また「南方資源地域を攻略したあとの海上交通の護衛についても日本軍はほとんど無策であり、

開戦に際して対潜作戦を専門にする部隊は一つもなく、対潜作戦を主任務とす艦艇も一隻もなか

った。」「防空も性能、精度の劣悪な高角砲、機銃に依存だけで、見張、防空戦闘機との連帯の

システムほとんど皆無であったし、被弾した場合の防火や被害局限などは、民間防空のバケツに

よる防火法と大差はなかった。」と著者は言う。

武蔵では高角砲、機銃の要員を攻撃から防護する駐退器上部にカバーや操作室のシャッターもな

いむき出し状態で迎撃どころではなく空しく撃沈されてしまう。

大和型から大型空母に改造された信濃に至っては、試験運行の期間を短縮化して横須賀から呉へ

の航海途中に米潜水艦の雷撃をうけ、完成から20日で沈んでしまう。

情報の欠落は日本陸軍でも同様である当初より軍内部でも慎重な意見があったものの、牟田口中将

の強硬な主張により作戦は決行され、兵站を無視した精神論を重視した杜撰な作戦によりインパー

ルにに至るまでに雨期となり銃弾、食料が尽き敗走し多くの兵士は餓死、病死をした。

このインパール作戦でも前戦における経験からくるイギリス軍への過小評価からの事前の策敵が不

十分だったことによる結果だ。敗戦間近では外務省と日本陸軍、日本海軍の齟齬からソ連の参戦の

情報を共有できず、その後の満州、北朝鮮、樺太、千島での悲惨な結末を迎えることになる。

 

果たして今の日本はどうだろう。今こそ「日本 失敗の本質」は見極める時期ではないか。

 

 

「北国物語」船山馨小説全集1より

  • 2019.10.04 Friday
  • 21:21
評価:
船山 馨
河出書房新社
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(1975)
コメント:主人公の真岐良吉は札幌が新聞社の東京支社に記者として勤めていたが、本社への赴任で故郷の札幌に帰らざる得なくなり、東京で過ごした苦しくも思いで深い日々への別れの哀しみに思いふけながら北の街へ向かう。今から80年ほど前、大正の微かな名残りと忍び寄る戦争の翳が重なりあったころの札幌を舞台に秋から冬の終わり春の再生を祝うカーニバルまでの僅か半年余り、真岐を介して出会うそれぞれどうにもならない宿命に翻弄される2人の少女が織りなす愛しく切ない物語だ。

 

「夏の暑い季節に北の国へ向かって旅をする人々は、なにか不思議な哀しい魅力にこころを濡ら

すのがつねである自然が三月もかかってする季節の移り変わりを、北への旅人は、いち日のうち

に汽車のなかで送り迎えてしまわなけばならない。」

主人公の真岐良吉は本社の札幌にある新聞社の東京支社に記者として勤めていたが、本社への赴

任で故郷の札幌に帰らざる得なくなり、東京で過ごした苦しくも思いで深い日々への別れの哀し

みに思いふけながら北の街へ向かう。

 

今から80年ほど前、大正の微かな名残りと忍び寄る戦争の翳が重なりあったころの札幌を舞台

に、秋から冬の終わり春の再生を祝うカーニバルまでの僅か半年余り、真岐を介して出会うそれ

ぞれどうにもならない宿命に翻弄される2人の少女の「翳」が織りなす愛しく切ない物語だ。

 

一人は真岐の叔父高梨信隆が部下の恋人だった女性を奪い産ませた少女衣子。
もう一人は真岐が札幌への途上で出会うロシア革命で故郷を追われた貴族の末裔のナターシャ。

 

衣子は父信隆による濁った欲情により生まれ出でた孤児として他家で辛い日々を過ごしていたが、

信隆の遺言により軍艦岬の麓の西山鼻ポプラ並木が続く農場を営む高梨家に引き取られ継母啓子

と兄信之の優しさと愛情に漸くの穏やかな憩いを得る。女学校生活の終わりのころのある日、

突然、高梨信孝の部下で昔衣子の母の恋人であった今は山師として儚い夢を追い続けるみすぼら

しい年老いた男のから衣子が自分の実子あることを告げらる手紙が来て面会を求められる。その

男の風貌に衣子は実父であるを確信する。そして高梨家での幸せ日々が破綻する。

啓子と信之とは家族ではないという居たたまれない気持ちにさいなまされ夜のススキノで働き一

人暮らしを始める。

その後の誰もの知らない衣子の真情は、真岐が初めて農場に隣接する森での散歩の最中に「仄暗

い森のなかには木も草も径も空気も、驟雨の後のようにしとしと濡れていた。(中略)すると、

そのときであった。不意に氷のような女の歌声が、森の木々に木魂して流れてきたのである。

それは、風吹きすさみ雨降りてなやみ繁く幸はうすき という、あの三百三十一番の聖歌であった。

(中略)三百三十一番の聖歌が二章節も終わらないうちに、中途からぽきんと音をたって折れた

ような感じに切れてしまったのである。しかし、女の歌声はすぐに森のなかへかえってきた。

ただ今度は聖歌ではなかった。

トレアドル、進め トレアドル 進め・・・・ 「カルメン」のなかの「闘牛士の唄」であった。

それは前の讃美歌のときとはくるりとかわって、あらん限りの高さに調子を張っているらしく、

その歌声には、体ごとなにかに叩きつけるような、ほとんど怒りにも似た激しさがこもっていた。

そう思って聴くと気のせいか、はかなき夢の世のなかにかくれてわれはいつまで住まん−−−と

いう先刻の聖歌の、感情が凍りついてしまったような冷たい色の声のなかにも、やはり同じよう

な哀しいが激しさがひそんでいたように思いかえされてくるのである。」によって発露する。


一方、ナターシャは帝政時代オプチナ修道院で有名なカルガ県一帯を領する元貴族(ボヤーリン)

の一族で、札幌で大きなロシア料理店を営んでいるという初老の白系ロシアの叔父セリョージャ

とその友人イヴァンの誘いで札幌に向かう。

真岐との連絡船上での出会いにおいて「そろそろ船はいちばん荒れる海峡の真ん中あたりにさし

かかっているのであろう。(中略)ナターシャは風が吹くつけてくる船首のほうへまっすぐ体を

向けて、すこし強い風が吹くたびに嬉しがって、ほう、ほうと小さく弾んだ叫び声をたてていた。

そうして「荒れているほうが、愉しい」と真岐を振り返ってにっこりした。彼女のスカートひら

ひらと翻り、羽毛のようなブロンドがすぐ後にいる真岐の頬をささやかになぶって、真岐は強烈

に甘い異国の女の体臭にこころの騒ぐのを感じないではいられなかった。真岐はそっと二、三歩

後ろへさがって彼女とのあいだに距離をつくった。」

真岐だけではなく周りの男たちもナターシャのあどけさと「翳」をともなった魅惑に翻弄される

ことになる。

 

ナターシャを出迎えた大きなロシア料理店を営んでいるはずの元老貴族の二人は貧しい佇まいで

あり、実際営んでいたのは大通り公園の外れで創成川沿いの小さな「ジャルマンカ」という小さ

なパン屋だった。小さな店内に相応しくない奢侈な「ジャルマンカ」が中央に置かれ「ロシア国

家」を荘厳に奏でる。

「ナターシャの肉体のなかではそっとひそんでいるだけの「ロシアの哀しみ」も、この老貴族た

ちにとっては、かつての日祖国もろとも皮膚をひき裂かれて剥奪された現実である。その苦痛は

彼らの魂が地上に在るかぎり滅びることはない。」

二人の老人は唯一の愛の対象としてナターシャに固執しを奪い合い、かつて友情は絶え互いに憎

しみ合う。そして「生活の翳」を振り払い寂しさ悲しさを癒すために時おり家を出て男たちと過

ごすナターシャの心を身体をますます傷つけていく。

そのようなナターシャを救うために以前よりナターシャに心惹かれていた信之は結婚を決意する。
その信之を衣子は密かに愛していたがその想いを打ち明けることなく、真岐にだけに老い果てな

がらも空しい夢を追い続ける実父の誘いを受けて樺太行きを決意ことを告げる。真岐に出立後に

啓子と信之に「出自の秘密」を告げることを託す。

 

まき、信之、ナターシャそして今回が最後となる衣子は氷上カーニバルに集う。

「真岐さん、どうですか。わたくし素晴らしいでしょう」ナターシャはそういって、あどけない

少女のように、さも愉しげに二、三度ゆるい旋回をした。ルパーシュカ風の白ビロードの上衣を

着、たっぷりと裾にふくらみをもった下袴(スカート)をつけて茶革の長靴にスケートをとりつ

けていた。貂皮の帽子をかぶり、腰に剣を提げ、短い緋色のマントを肩に吊って得意げに微笑し

て立っているナターシャは、なるほど遠い物語のなかから抜けでてきたような美しさであった。」

銘々種々の仮装した人ごみに中で3人はナターシャを見失う。


氷上カーニバルが終わった翌日、イヴァンは「唇を薄くひらいて愉しそうに微笑したまま、冷た

くなっているナターシャ」と「きちんと新しい上衣(ルバーシュカ)をつけ、裏の物置小屋の梁

にくびれてぶら下がった」セリョージャを見つける。
その翌日、衣子は父とともに未だ厳寒の樺太を目指して出立する。衣子を見送りに来たマキは別

れの言葉を探しあぐねているままに思わず発した「僕も東京へ帰ろうかな」という自分の言葉に

驚き東京へ戻ることを心に決める。


この小説の舞台の時代より40年を経た大学の生活の終わりのころに初めて読んだ。当時は文庫

本だった。そのころ札幌に戻るか東京に残るか悩んでいたが結局東京で就職し結婚、子育ての中

で札幌は遠い故郷になっていた。ところが23年前に思いもよらぬ転勤で札幌に戻ることになっ

た。しかし赴任した営業所は小説の舞台に近い西屯田にあったのにもかかわらず、「北国物語」

を思い出すこともなくすっかり「田舎の東京」と化した街中で忙しない日々を過ごしていた。

ふと人生を振り返る齢となり既に失せていた文庫の代わりとなる「船山馨小説全集1」を手に入

れ再読した。

以前の映写機のモノクロフイルムのような「北国物語」の景色が自分の記憶の残像と重なり鮮や

かな色彩を帯び、朝靄に濡れる木々や草花の感触、秋から冬へ彩りをす山鼻の風景や重く垂れる

空と真白な雪の中を通る電車。そして次々と目前に浮かび上がる登場人物たちのイメージ。

特にナターシャの叔父セリョージャは昔街中の路上にいた羅紗の露天商そのものであり、ナター

シャは昔HBC会館の地下にあった揚げピロシキと焼きピロシキが美味しいロシア料理店の金髪

で碧眼の可憐なロシア人ウェートレスと面影が重なる。

 

「働かないアリに意義がある」

  • 2019.09.29 Sunday
  • 19:35
評価:
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コメント:アリコロニー最適化アルゴリズムが「巡回セールスマン問題」に近似最適解を生み出すために用いられたのは有名な話だが、本書はアリだけではなく、ハチやシロアリなどを含む「真社会性生物」について分かり易く書かれている。また真社会性生物の世界にはヒエラルキーはないが「巡回セールスマン問題」同様に「組織の最適化」についても人間社会と比較しつつ多くの示唆が示されている。
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ハチの「過労死」の話。野菜のハウス栽培で受粉のためにミツバチを使うと放たれたミツバチが

だんだん減少し、コロニー自体が壊滅してしまう。
理由は狭いハウスでは採蜜作業の効率がいいため、広い野外で散らばって咲く花を蜜を集める時

よりも多くの時間働かなければならない。そのためにハウスのミツバチは厳しい労働環境に置か

れ寿命が縮まってしまう。さらに働き手のミツバチの減少速度対して幼虫の成長が遅いので働き

手のミツバチの補充が間に合わなくなりコロニーそのものが壊滅してしまう。

アリでもハチでも非常に若いうちは巣の中で幼虫の子供の面倒を見て、その次に巣の維持に関わ

る仕事し、老いてから外で餌集めをしてする、これを「齢間分業」というそうだ。どうも生い先

短い高齢者が危険な外での業務を担わせているらしい。庭や畑で一所懸命に働いているを見ると

身につまされる。

社会人になった頃には会社には種々なタイプの人間がいて人員も多かったような気がする。その

後バブルが弾けたあたりから「生産性」重視という名目で人員がカットされた。特に間接部門は

システム化や外注化が相まって会社の雰囲気が大きく変容してまった。
アリやハチの世界ではよく「パレートの法則」で、2割のアリが8割の食料を集め、本当に働い

ているのは全体の8割で残りの2割は働かずサボっていると聞いたことがある。本書では「7割

ほどのアリは巣の中で何もしていない」とある。
先ず本当にさぼっているのではなく「反応閾値」=「仕事に対する腰の軽さの個体差」=「個性」
らしい。
例えば幼虫が餌をほしがっているシグナルを出した時に反応の良いもの(できるヤツ)が気が付

き対応する。反応の遅いものは「出遅れ」てこれが外からみると「働いていない」状態に見える。
ただし、働き手が足りなくなると「出遅れ」たものが対応を始めるらしい。「コロニーが必要と

する労働と質と量は時間と共にかわる。反応閾値がコロニーの各メンバーで異なっていると、必

要なときに必要な量のワーカーを動員することが可能」となる。
結果として需要と担い手がイコールでずっと働いていなければならないコロニーは「過労死」が
増えて早く壊滅し、逆にサボりの割合が高いコロニーは長続きするという。
人間の「会社」でも同様ではないか。
外で餌集めでは道を間違える「おちょこちょい」が混ざっているほうがエサを効率よくとれる場

合があるというのも人間社会でも同様だ。昔よく「よそ者・若者・馬鹿者」が会社の成長を促進

させると聞いたが今は聞かない。
人間の会社は「ヒエラルキー」で運営されているが、「真社会性生物」には子を産む女王を除き

働きバチやありには「ヒエラルキー」が無いのに「反応閾値」で上手く運営している。


アリコロニー最適化アルゴリズムが「巡回セールスマン問題」に近似最適解を生み出すために用

いられたのは有名な話だが、「真社会性生物」の世界にはヒエラルキーはないが「巡回セールス

マン問題」同様に「組織の最適化」についても人間社会と比較しつつ多くの示唆が示されている。

司馬遼太郎著 「峠」

  • 2019.09.28 Saturday
  • 16:11
評価:
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(2003)
コメント:司馬さんは本著で勝利者側の視点からではなく俯瞰して幕末の白(新政府)の黒(佐幕)二者択一の前提を疑い必死で新たな選択があることを世に問いかけた河井継之助の生き方を哀情と切々の愛情を以て描き出している。
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司馬遼太郎さんの作品でこの「峠」が一番好きだ。河井継之助は幕末の動乱期に既に勝敗の趨勢

が決しているのもかかわらず筆頭家老として独断で奥羽越列藩同盟に組して長岡城下を焼け野原

にした張本人というイメージがあった。

 

しかし司馬さんは、勝利者側の視点からではなく俯瞰して幕末の白(新政府)の黒(佐幕)二者

択一の前提を疑い必死で新たな選択があることを世に問いかけた河井継之助の生き方を哀情と

切々の愛情を以て描き出している。

 

河井継之助も高杉晋作や西郷隆盛同様にこの時代でなけれな世に輩出されることはなかったかも

しれない。そしてこの3人の共通点は陽明学をアイデンティティとしていたことだ。
幕府は朱子学を用いて幕政を維持していたが、既に金属疲労を呈しいた幕末には「心即理」

「知行合一」「致良知」を重んじる陽明学の徒が大塩平八郎に「乱」や山田方谷の藩政「改革」

と見える形で登場し始める。陽明学には反体制、体制への変革のイデオロギーを内包している。

 

山田方谷が行った藩政「改革」では旧来の慣行やしきたりを廃し殖産化をすすめて成果をあげた。
変革にともなう大きな特徴は藩(武士)が特産を普及指導し、成果物を藩(武士)が買い上げて

藩(武士)自らに江戸に販路を設けて販売し収益を上げている。中間経費を無くすことで結果領

民は富み藩の逼迫した財政を短期間で回復させた。山田方谷は陽明学者として「知行合一」を実

践し結果を出した。

河合継之助は山田方谷の「知行合一」に触発され、更に「民は国の本、吏は民の雇い」までまで

昇華し、封建制、武士の時代の終焉を予見してる。

 

長岡に戻った河合継之助は自らの「知行合一」を信濃川の改修で田畑の拡大による収量増、藩財

政のひとつだった信濃川の通行料や既得権益を持っていた組合を廃して流通の効率化よる商いの

活性化を図り藩財政を立て直すことで実践する。しかし、差し迫った時代のうねりは新たな試練

を河井継之助に与える。薩長土肥の奸賊からなるクーデター政権は徳川と江戸は勝海舟と西郷隆

盛による無血開城で事は一先ず済んだが、クーデター政権の目的は「流血」による前政権の否定

であり完全勝利にあったので、敢て無理難題な対立軸を設けて諸藩を暴力でねじ伏せ黒を白と言

わせ理念なき中央集権を押し進める。

 

河合継之助は開明に人である。クーデター政権による支配は避けられないのは分かっているがそ

のために内戦の危機回避、内戦による国力の疲弊は無駄であることをクーデター政権にも対立す

る会津藩を中心とした奥羽列藩同盟諸藩にも説く役割を徳川譜代の越後長岡藩が担うことを決心

する。

「 勤王佐幕の論外に立ち 封土を鎮撫し 十万の民を治め以て 上は朝廷および徳川氏に対し忠実を

尽くし 下諸侯たる責めを全うする外なし」として越後長岡の中立国化を目指す。

立場が強くなければ誰も意見は受け入れないのは明白であり「強兵化により戦わずして勝つ」た

めに小藩の年間税収を上回る6000両で歩兵200人の武力に匹敵すると言われた当時最新鋭

の武器「ガトリング機関銃」を2台のほか最新鋭の武器で調達し武力中立を確立しようする。

 

河合継之助は無為無策が嫌いだ。クーデター政権が無為無策の暴力による中央集権国家づくりは

その過程の混乱は国土を荒廃させ民を窮乏させる、そして列強外国のつけ入るスキを与え植民地

化の恐れがあることを見抜いていた。

河合継之助の理想は封建制や中央集権ではなく、「アメリカ合衆国」のような連邦制でありそれ

ぞれの藩が例えば「カルフォルニア州」(英語表記は「State of California」)のように1国と

して連邦下での法的な独立性自治を保つ姿に近いものだったと思う。そして当面は連邦政府に該

当するが徳川幕府だと考えていたと思う。
それは短絡的劇的な藩体制、武士階級の解体が混乱を招くのは必至であり、緩やかな移行で武士

階級を「民は国の本、吏は民の雇い」における「吏」として活かすつもりではなかったか。

平和裏でのクーデター政権への移行を朝廷に示しを説得しようと試みたが不調で終わる。
そもそも目に見える「流血」によって前政権に加担する勢力を抹殺するのが目的のクーデター政

権に担がれている朝廷も聞く耳を持たない。

河合継之助も最後は朝敵のレッテルを貼られ、越後長岡藩の中立国化は崩壊し奥羽列藩同盟諸藩

に組し新たに奥羽越列藩同盟諸藩としてクーデター政権との対立の渦に入り込む。
そして「滅び行く武士」として戦い、負傷し会津への道中南会津で只見町で42歳の生涯を終え

る。

 

振り返って現在はどうか。薩長土肥の奸賊クーデター政権に連なる現在の「中央集権」政権はど

うだろう。
先進国で唯一1995年以来国民の収入が下がり続ける日本。その結果デフレからの脱却が出来

ず貯蓄金利を無くして老後の不安をあおり、各々の責任に問題を転嫁している。
挙句の果てには「民は国の本、吏は民の雇い」国が、金融庁の「吏」が責任を放棄して国民に投

資を煽り利己主義をさらに推し進める。

不安による貯蓄(間接投資)も個人による投資も消費を萎縮させる。「金」が循環しないので経

済が回らず豊かにはならないのは自明だ。
個人消費、個人の購買力が上がれば「お金」を巡回して結果企業の、個人の収入を押し上げて結

果として国の税収の増える、というは当たり前であり山田方谷や河合継之助が「知行合一」の実

践で証明しているではないか。

奇しくも愚策により消費税が10%となる10月1日は、河合継之助の命日だ。

ルイス・フロイス著「ヨーロッパ文化と日本文化」

  • 2019.09.24 Tuesday
  • 17:04
評価:
ルイス フロイス
岩波書店
¥ 756
(1991-06-17)
コメント:類比項目数約600における各章毎の類比項目数の多寡は、客観性を持っての考察による類比を前提にはしているがルイス・フロイス個人としての対象への興味の差によるものだと思われる。本書では原文にはない各類比項目毎へのコメントが(重複は除き)記されているがより理解が深まる。各章の類比は戦国時代・安土桃山時代に日本人と主にルイス・フロイスの母国ポルトガルを中心としたヨーロッパ人との類比に現在の日本人との類比を加えていくと当時と今の違いや類似点が見いだせて面白い。
Amazonランキング: 40038位

 

著者の宣教師ルイス・フロイスが日本で過ごしたのは、1563年(永禄6年)から65歳で長崎で

没した1597年(慶長2年)まで35年に亘る。
ルイス・フロイスは16歳でイエズス会に入会し、戦国時代さなかの1563年(永禄6年)に31歳

で当時大村領の横瀬浦(現在の長崎県西海市北部の港)に上陸し、日本初のキリシタン大名とな

る大村純忠のもとで布教活動を開始する。織田信長とは1569年(永禄12年)に対面して信任を

得て畿内での布教を許可される。その信長についてはルイス・フロイス著作『信長公記』で描い

ている。

 

本書「ヨーロッパ文化と日本文化」は豊臣秀吉による1587年(天正15年)の伴天連追放令の

2年前、1685年(天正13年)に著した小冊子で日本滞在中で得た日本、日本の文化や風俗とヨー

ロッパ文化(及び一部に一時布教で過ごしたインド人)を類比している。
本書の主旨は明確に冒頭にポルトガル語で『Tratado em que se contem muito susintae

adreviadament algumas contradicoes e diferencas de custumes antre a gente

de Europa e esta provincial de Japao』と書かれている。

 

 

上記の通り、各章毎の類比項目数の多寡は、前提として類比考察には客観性を前提としているが

当然フロイス個人の興味の差が多寡となっていると思われる。
本書では原文にはない各類比項目毎へのコメントが(重複は除き)記されているのでより理解が

深まる。
各章の類比は戦国時代・安土桃山時代に日本人と主にルイス・フロイスの母国ポルトガルを中心

としたヨーロッパ人との類比に現在の日本人との類比を加えていくと当時と現代との違いや類似

点が見いだせて面白い。


例えば、「第2章 女性とその風貌、風習について」の項目34、35ではヨーロッパとは違い

日本では両親や夫に行動を拘束されないとの類比が述べられている。徳川の時代での統治手段と

しての儒教(主に朱子学)の影響がない時代の様子が窺える。また離縁(離婚)においても項目

31におては離縁後の再婚の自由について、項目32では妻側から夫への離別が可能であったこ

とが記されている。
現在でも、フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏が言う「ゾンビ・カトリシズム--無

信教でありながらカトリック的なものに縛られてその影響を受けている人」と同じように現在に

至っても「ゾンビ・儒教」の日本人が多い。戦国時代の方が「ジェンダーレス」であったようだ。

また「第3章 - 児童およびその風俗について」での注目点は項目7だ。「われわれの間では普通

鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういうことは滅多におこなわれない。ただ言葉によって

譴責するだけである。」とある。他の戦国時代の記録書にも同様な記述が見られる。
実際には今でも家庭や学校その他いろいろな場面で「しつけ」と称しての子供への虐待が横行す

るしている。
現在の「日本人の伝統」は明治以降150年間前からのもの過ぎない。500年前の戦国時代の

日本人も我々のご先祖様である。戦国時代の方が「ジェンダーレス」であり、子供を一人の人間

として扱っている。個人的には戦国時代の方を「伝統」としたい。


 

「大江戸死体考 人斬り浅右衛門の時代」

  • 2019.09.22 Sunday
  • 20:21
評価:
氏家 幹人
平凡社
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(1999-09-01)
コメント:刀剣は、単に「武士の象徴」ではなく「人を斬る」ための武器としての「機能」が第一に求めれていた。そのため実際の人間を用いての「試し斬り」による鑑定結果がその価値を左右する。江戸中後期に「山田浅右衛門」「山田家」は将軍家の御道具(刀剣)の「試し切り」を歴代務めることなる。刀剣にまつわる「山田家」の表裏の稼業がこの本で浮き彫りになる。昨今の『刀剣乱舞』で 日本刀の名刀を男性に擬人化した「刀剣男士」に魅せられた「刀剣女子」の皆様にも是非一読頂きたい一冊だ。

 

文頭では「大江戸死体考」のタイトルと通り情死心中、溺死、縊死などが江戸時代には多発し

ており、その「死体」は間近に転がっていたり浮いていたりする。公開処刑を見た後に花見を

催す見物客、死に損ねた心中未遂の男女は三日さらした後に非人頭の配下とする、つまり「非

人」と以後は扱われるなど・・・江戸は今とは異なる世界であった様子が書かれている。

「太平」という薬屋では売薬以外の「名物」として年一回伝来の珍しい薬物を虫干しを一般公

開しており人気があり見物客でごった返していたらしい。虫干しとして陳列された薬の品々は

「八尺の黒壇」「象歯」「狼頭」「鼈甲」に混じり「ミイラ」「人の陰茎」「人の陰嚢」「人

の頭」などもあったらしい。

 

話はいよいよサブタタイトルであるが本筋の「人斬り浅右衛門の時代」の話となる。
切れない刀剣は価値が無い。そのために切れ味を試し評価するための「試し斬り」が必要にな

る。江戸初期のころは合戦で「人斬り」を経験した武士が多かったので自ら「試し斬り」を行

うことも多かったようだが、実際に真剣を扱ったことのある者なら分かるが、刀剣そのものの

良し悪しだけではなく剣の技量をともなわないと刃こぼれや曲がり、折れが生じ刀剣として使

い物にならなくなることが多い。そのため時代を経て「試し斬り」は専門家に委ねられてゆく。

 

「試し斬り」はそれなりの技術修行したものが行うようになり専門家に集約されていき、特に

将軍様御用ともなれば格別の技量が求めれる。寛政期に将軍家の御道具(刀剣)の「試し切り」

を付託されたが「首切り」「人斬り」として名を馳せていたのが据物師の五代目「山田浅右衛

門」であった。山田家では代々「浅右衛門」の名前を継ぎ将軍家の「試し斬り」の御用を務め

ることになる。山田家以前に「試し斬り」を担っていた者は幕府の御道具方に取り立てられて

いたが山田家は「浪人」のまま務めることになる。

なぜ「山田浅右衛門」が幕臣ではなく「浪人」のままであったのかは山田家の都合のようだ。

稼業として専業の「試し斬り」を担い続けたいためと、役得して将軍御用を看板に浪人故の自

由さで諸藩の大名や旗本からの「試し斬り」や「刀剣の鑑定」を請負ったり、裏稼業として大

きな収入源となる「試し斬り」した人間から取った肝や踵を売薬用として生産することだった

らしい。肝を干し固めた「人丹」は高値で売れたらしい。ひと昔まで「熊の胆」を考えれば理

解しやすい。

「試し斬り」や「人丹」の需要を満たすには刑死に値する生きた罪人、刑死した死体が必要で

ある。江戸初期には些細な罪で死罪やお手打ちになるケースが多かったらしいので需要を満た

せたが、時代が下ると刑死者が減りいよいよ「試し斬り」は難しくなる。ましてや「試し斬り」

の対象となる「生き胴」と呼ばれる生きたままの罪人はなおさら手に入りずらくなる。そのた

め冒頭の路地で転がっている川や運河水路で浮いている「死体」を不法に手に入れたり「辻斬

り」が横行する。山田家ではなんと「試し斬り」用の刑死死体も販売し需要に応じている。
その山田家も江戸末期には人体の腑分けをもとに研究を行う「蘭学者」と刑死した死体の奪い

合いをすることになる。

 

戦後期時代以前から戦国の名残のある江戸の初めの頃までは刀剣は、単に「武士の象徴」「武

士の魂」ではなく「人を斬る」ための武器としての「機能」が当然第一義として求められた。

現存する至高の美と言われる名刀たちは「人を斬る」武器として突き詰められた「機能美」の

結晶であるが、敗戦直後に行われたGHQによる「刀狩り」を逃れることができたのは「機能

美」ではなく、ことさら「美の価値」と「歴史的価値」の主張が認められたことによるものだ。

しかし、その魅了される美しさは多くの人の血によってもたらされた結果である。

昨今流行りの『刀剣乱舞』で 日本刀の名刀を男性に擬人化した「刀剣男士」に魅せられた「刀

剣女子」の皆様にも是非一読頂きたい一冊だ。

 

「編集長をだせ!『噂の真相』クレーム対応の舞台裏」

  • 2019.09.21 Saturday
  • 22:27
評価:
岡留 安則
ソフトバンククリエイティブ
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(2006-03-16)
コメント:「公共性」「公益性」「真実性・相当性」を基準に岡留さんが率いる「噂(うわさ)の真相」という雑誌は新聞やテレビが出来ない取材、報道で政局をつくっていた。「体制が変わろうが、政権がどうなろうが、権力は信用できない。常に疑っていかなくては騙される。だから、知り得た情報をすべて市民に公開していくんだ」その通りの内容だった。「噂(うわさ)の真相」が廃刊した際は「なぜ止める!」と少々怒ったことを思い出す。

 

今年の1月に岡留さんが亡くなった。岡留さんが創刊された月刊誌「噂(うわさ)の真相」が休

刊いや廃刊となってから15年が過ぎた。当時、発売日が待ち遠しかった。

「公共性」「公益性」「真実性・相当性」を基準に岡留さんが率いる「噂(うわさ)の真相」と

いう雑誌は新聞やテレビが出来ない取材、報道で政局をつくっていた。
「体制が変わろうが、政権がどうなろうが、権力は信用できない。常に疑っていかなくては騙さ

れる。だから、知り得た情報をすべて市民に公開していくんだ」その通りの内容だった。
岡留さんはタイプは違うけれど日本におけるI.F.STONEのような存在だと思っていた。
岡留さんが「噂(うわさ)の真相」を廃刊した際は「なぜ止める!」と少々怒ったことを思い出

す。

後に、1999年に則定衛東京高検検事長の女性問題を報じたことによる名誉毀損裁判が原因で
2000年には休刊するつもりだったらしいと知った。実際には2004年4月号をもって休刊、
実質廃刊となった。

 

本書は岡留さんの著書の中で一番面楽しい。「噂(うわさ)の真相」は実名でスキャンダルを報

じる。その対象は政治家、新聞社、検察、右翼、作家、はては同業のジャーナリストにまでに及

ぶので、当然本人やその関係者からの「クレーム」が絶えなかった。
中でも何故か今でも東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長として大蔵省接

待汚職事件(ノーパンしゃぶしゃぶ事件)の発覚でご苦労された武藤敏郎専務理事を従えてご活

躍なさっている森喜朗元首相のスキャンダル記事に対する「クレーム」への対応は圧巻だ。

そのオリンピックを嘘で固めて招致した元東京都知事の猪瀬直樹さんが作家時代からすでに権力

志向で固まってい様子は腑に落ちる。なぜかクオリティ・ペーパーを「自称」する朝日新聞、読

売新聞、日経新聞の広報による「クレーム」の際立った違い、など読みどころが盛りだくさんだ。

 

昨今は政府にとって不都合な事態が起きた場合、あからさまに報道規制、介入が行われているに

もかかわらず「自称」クオリティ・ペーパーやその系列で支配下のテレビでは大きな批判は起き

ない無感情状態だ。
このような状況を招いた発端は2004年に起きた裁判所による週刊文春への「中真紀子長女記

事出版差し止め事件」ではないか。これは戦前はともかく戦後に一応「民主主義」になってから

最大の報道規制の始まりではなかったかと思える。

その2004年に「噂(うわさ)の真相」が廃刊になったのは偶然とは思えない。

 

今年の8月に開催された「あいちトリエンナーレ2019」の企画展の中止問題でも政治家の介

入の有無が報道されたがうやむやになっている。
北川フロムさんが「美術は人と異なったことをして、褒められることはあっても叱られることは

ありません。」と芸術における表現の自由について語っていた。

しかし今は「叱られる」時代になってしまったようだ。

「散歩する侵略者」

  • 2019.09.20 Friday
  • 21:28
評価:
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コメント:時々辻褄が合わない話だと思うが、元々著者が主催する劇団用台本として書いたものを小説化しており舞台演出上の制約による表現の仕方、工夫がかえって新しいSFの表現となり面白い。この話は宇宙人の話ではなくが「人工知能AI」の話ではないかと思う。ビックデータから「概念」を得て体験化し、てどんどん人間よりも「人間的に」なり「言葉の外」を理解していくようになる。

 

地球侵略の先遣隊として無機質で実体の無い3人の宇宙人がやってきて、お祭りの金魚すくいの

金魚に憑依ししまう。その後に憑依すべき対象が「人間」であることに気づき、金魚を掬ったそ

の人間に憑依し直す。

宇宙人は憑依した人間の記憶や知識といった「記録」は神経回路を通して知り得ているが理解が

出来ない。そのため真治に憑依した1人目の宇宙人は、人間になり立てでコミュニケーションが

うまく取れず病院で記憶障害か若年性アルツハイマーの疑いがあると診断される。

その真治の面倒を既に夫婦関係が壊れていた妻鳴海が見ることになる。当初、ちぐはぐだったコ

ミュニケーションが真治が「散歩」に行くたびに改善され、鳴海は心が離れていた今までの真治

とは違う、新たな真治に夫婦関係の絆を感じ始める。
そんな鳴海にいきなり真治は自分は宇宙人であることを告げ「より人間的」になるためのサポー

ター役「ガイド」を依頼するが鳴海は本気にしない。

宇宙人に憑依された真治は地球侵略の先遣隊の「仕事」として、記憶や知識といった「記録」を

理解するために歩き廻り「散歩」し、出会った人間から「記録」を理解するために「概念」を奪

い取っていく。但し「ガイド」からは「概念」を奪わないという。

そして「概念」をどんどん取得した真治はより「人間的」になっていき鳴海にとっても好ましい

真治になっていく。

真治に「概念」を奪われた人間は持っていたその「概念」が無くなってしまう。「家族の概念」

を奪われた鳴海の妹明日美は豹変し家族を拒絶するようなってしまう。また、自宅で引き籠もり

をしていた少年は「所有の概念」を奪われたことから「所有の概念」から解放され外に出るよう

になる。そして街では真治の「散歩」によって奪われた「概念」が欠落した人間(病人)が増え

ていく。

もう一方、少年天野にし憑依した宇宙人は先遣隊のリーダー格であり、「概念」の集積集約と共

有化のために他のメンバーを捜す。メンバーのひとりが祖母による両親の殺人現場にいた少女に

憑依したことが分かり、天野は自分が宇宙人であることに興味を持った3流ジャーナリストの桜

井を「ガイド」として少女を見つけ出し、残りのパートナーである真治を捜し始める。

そして3人の遭遇によりいよいよ地球侵略が始まることになる。

宇宙人に憑依された真治への愛を募らせた鳴海は侵略が始まり自分が死ぬ前に、真治の記憶の消

去の代償として「愛の概念」の提供を真治に申し出る。真治が一度は拒否するが鳴海の思いにお

れて「愛の概念」を鳴海から貰う。鳴海の愛を受け止めた宇宙人は真治そのものの「人間」なっ

てしまう。

 

時々辻褄が合わない話だと思うが、元々著者が主催する劇団用台本として書いたものを小説化して

おり舞台演出上の制約による表現の仕方、工夫がかえって新しいSFの表現となり面白い。

 

この話は宇宙人の話ではなくが「人工知能AI」の話ではないかと思う。ビックデータから

「概念」を得て体験化し、てどんどん人間よりも「人間的に」なり「言葉の外」を理解していくよ

うになる。

その時に目の前の相手を「本当の人間」か「AIロボット」か識別できるか?
大丈夫だ。目の前にいる「モノ」に共同身体性の喪失やクオリアの欠落が見て取れたらそれは

「本当の人間」だ。最近の若者たちを見ているとちょっと心配になる。

「東京アンダーワールド」

  • 2019.09.19 Thursday
  • 09:27
評価:
ロバート ホワイティング
角川書店
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(2002-04)
コメント:戦中、戦後における暴力団の立ち位置。戦後の進駐軍と暴力団、政治家そしてフィクサーたちが織りなす、暗い、混沌とした「アングラ経済」「ヤミ社会」の実態。タイトルに「アンダーワールド」と裏社会に焦点を当ててはいるが、実際には敗戦から今日に至る日本の実像を現考学的に捉えるには最適な入門書と言える。
Amazonランキング: 145375位

 

本書は、戦中、戦後における暴力団の立ち位置。戦後の進駐軍と暴力団、政治家そして政治

フィクサーたちが織りなす、暗い、混沌とした「アングラ経済」「ヤミ社会」の実態、タイ

トルに「アンダーワールド」と裏社会に焦点を当ててはいるが、実際には敗戦から今日に至

る日本の実像を現考学的に捉えるには最適な入門書と言える。

 

昔、六本木エリアを担当していた頃に何度が訪れたイタリアン・レストラン「ニコラス」は、

1954年でに開店し日本に初めてピザを紹介したという店で、上皇ご夫妻も婚約時代にデート

で食事をされているそうだ。この店は2018年3月31日に閉店した。この店はイタリア系アメ

リカ人ニック・ザベッティが作った店だった。

話しは「東京のマフィア・ボス」と言われたこのニック・ザベッティへの取材を中心に「あ

やしげな連中の物語」を展開する。
のっけから戦争末期にはなんと東京都議会がテキヤ系暴力団の親分に税金の徴税を委ねたり、

戦後東京の住人の大半は、地獄のような生活を強いられしたのに「八月二十日、日本が公式

に敗戦を認めてからまだ五日目だというのに、尾津組(テキヤ系暴力団)の青空マーケット

(ヤミ市)は、せっせと開店の準備を進めている。商品の大半は軍部からの盗品だ。(中略)

通勤途中のあらゆる駅頭には、青空マーケットが開店した。進駐してきたアメリカ人たちが、

ダッフルバッグの紐をろくに解かないうちに。」

進駐してきたアメリカ人たちは、混乱を避けるため戦線で日本軍と戦ったこともない新兵を

中心に約50万人だった。その進駐軍や軍属、退役軍人たちの中には暴力団とつるみ更なる

「アングラ経済」「ヤミ社会」を形成していくものが現れた。


「東京のマフィア・ボス」ことニック・ザベッティもその一人で、彼はニューヨークでイタ

リア系マフィアが多く住む一角の貧しい移民の家で生まれ、日本での軍属時代、退役後に持

ち前の性分を活かし日本で次々と「明と闇」の事業を展開していく。
「闇」の商売の仲間には、白系ロシア人コミュニストも加わる。彼らの目的はヤミ市で資本

主義をくつがえすこと。「おれがこの商売をやっているのは、いつか大金持ちになって資本

主義の経済システムをぶっこわしたいからなんだ!」のようだった。一笑に付されるような

話だが、実際にソ連は彼らを背後から支援していたので現実味を帯びる。
ニック・ザベッティの「ニコラス」は情報の探り合いや交換を行う東西のスパイ達のご用達
の店だった。この店の常連のひとりが力道山だった。

 

黎明期のテレビ放送を支えていたのはプロレスであり力道山だった。この本の中では力道山

の「本当の生い立ち」「伝説に彩られたヒーロー力道山のもう一つの顔」が詳しく取材され

ている。北朝鮮にいる妻と娘、韓国や北朝鮮では朝鮮民族の英雄として金日成からも賞賛さ

れての「誇り」と、北朝鮮人であることを日本ではひたすら隠し通そうするための「苦悶」。

「苦悶」しながら日本人として仇敵のアメリカ人プロレスラーを必殺空手チョップでやっる

ける「ヒーロー」としての「表の顔」。しかし実態は多くの試合はやらせ演出試合であり、

「裏の顔」は暴力団の一構成員として政財界の大物たちを客としたの自宅での違法賭博開張、

麻薬の多量摂取による暴力事件。その「裏の顔」を隠蔽するため、「表の顔」を際立させる

ため発行されたのが「東スポ」であり、そのオーナーは戦後の最大の政治フィクサーでロッ

キード事件でお馴染みの児玉誉士夫である。

 

東西冷戦を演出したアメリカのトルーマン大統領による影響により、GHQの占領政策を自

由で平和な「民主主義のかがみ」といったイデオロギーから、「共産主義への砦」として経

済効果への転換、その一環としてCIAによる夜の自民党への資金援助、そのCIAの手先とした

児玉誉士夫のような戦争責任を問われた人間たちも復活をとげ活躍し始めた。

 

本書の「アンダーワールド」は過去の話ではある。しかし実態は地下のマグマように現存し

ている。そしてマグマのように時々「個別の新たな問題」とし噴出する際に一端を垣間見る。