「北国物語」船山馨小説全集1より

  • 2019.10.04 Friday
  • 21:21
評価:
船山 馨
河出書房新社
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(1975)
コメント:主人公の真岐良吉は札幌が新聞社の東京支社に記者として勤めていたが、本社への赴任で故郷の札幌に帰らざる得なくなり、東京で過ごした苦しくも思いで深い日々への別れの哀しみに思いふけながら北の街へ向かう。今から80年ほど前、大正の微かな名残りと忍び寄る戦争の翳が重なりあったころの札幌を舞台に秋から冬の終わり春の再生を祝うカーニバルまでの僅か半年余り、真岐を介して出会うそれぞれどうにもならない宿命に翻弄される2人の少女が織りなす愛しく切ない物語だ。

 

「夏の暑い季節に北の国へ向かって旅をする人々は、なにか不思議な哀しい魅力にこころを濡ら

すのがつねである自然が三月もかかってする季節の移り変わりを、北への旅人は、いち日のうち

に汽車のなかで送り迎えてしまわなけばならない。」

主人公の真岐良吉は本社の札幌にある新聞社の東京支社に記者として勤めていたが、本社への赴

任で故郷の札幌に帰らざる得なくなり、東京で過ごした苦しくも思いで深い日々への別れの哀し

みに思いふけながら北の街へ向かう。

 

今から80年ほど前、大正の微かな名残りと忍び寄る戦争の翳が重なりあったころの札幌を舞台

に、秋から冬の終わり春の再生を祝うカーニバルまでの僅か半年余り、真岐を介して出会うそれ

ぞれどうにもならない宿命に翻弄される2人の少女の「翳」が織りなす愛しく切ない物語だ。

 

一人は真岐の叔父高梨信隆が部下の恋人だった女性を奪い産ませた少女衣子。
もう一人は真岐が札幌への途上で出会うロシア革命で故郷を追われた貴族の末裔のナターシャ。

 

衣子は父信隆による濁った欲情により生まれ出でた孤児として他家で辛い日々を過ごしていたが、

信隆の遺言により軍艦岬の麓の西山鼻ポプラ並木が続く農場を営む高梨家に引き取られ継母啓子

と兄信之の優しさと愛情に漸くの穏やかな憩いを得る。女学校生活の終わりのころのある日、

突然、高梨信孝の部下で昔衣子の母の恋人であった今は山師として儚い夢を追い続けるみすぼら

しい年老いた男のから衣子が自分の実子あることを告げらる手紙が来て面会を求められる。その

男の風貌に衣子は実父であるを確信する。そして高梨家での幸せ日々が破綻する。

啓子と信之とは家族ではないという居たたまれない気持ちにさいなまされ夜のススキノで働き一

人暮らしを始める。

その後の誰もの知らない衣子の真情は、真岐が初めて農場に隣接する森での散歩の最中に「仄暗

い森のなかには木も草も径も空気も、驟雨の後のようにしとしと濡れていた。(中略)すると、

そのときであった。不意に氷のような女の歌声が、森の木々に木魂して流れてきたのである。

それは、風吹きすさみ雨降りてなやみ繁く幸はうすき という、あの三百三十一番の聖歌であった。

(中略)三百三十一番の聖歌が二章節も終わらないうちに、中途からぽきんと音をたって折れた

ような感じに切れてしまったのである。しかし、女の歌声はすぐに森のなかへかえってきた。

ただ今度は聖歌ではなかった。

トレアドル、進め トレアドル 進め・・・・ 「カルメン」のなかの「闘牛士の唄」であった。

それは前の讃美歌のときとはくるりとかわって、あらん限りの高さに調子を張っているらしく、

その歌声には、体ごとなにかに叩きつけるような、ほとんど怒りにも似た激しさがこもっていた。

そう思って聴くと気のせいか、はかなき夢の世のなかにかくれてわれはいつまで住まん−−−と

いう先刻の聖歌の、感情が凍りついてしまったような冷たい色の声のなかにも、やはり同じよう

な哀しいが激しさがひそんでいたように思いかえされてくるのである。」によって発露する。


一方、ナターシャは帝政時代オプチナ修道院で有名なカルガ県一帯を領する元貴族(ボヤーリン)

の一族で、札幌で大きなロシア料理店を営んでいるという初老の白系ロシアの叔父セリョージャ

とその友人イヴァンの誘いで札幌に向かう。

真岐との連絡船上での出会いにおいて「そろそろ船はいちばん荒れる海峡の真ん中あたりにさし

かかっているのであろう。(中略)ナターシャは風が吹くつけてくる船首のほうへまっすぐ体を

向けて、すこし強い風が吹くたびに嬉しがって、ほう、ほうと小さく弾んだ叫び声をたてていた。

そうして「荒れているほうが、愉しい」と真岐を振り返ってにっこりした。彼女のスカートひら

ひらと翻り、羽毛のようなブロンドがすぐ後にいる真岐の頬をささやかになぶって、真岐は強烈

に甘い異国の女の体臭にこころの騒ぐのを感じないではいられなかった。真岐はそっと二、三歩

後ろへさがって彼女とのあいだに距離をつくった。」

真岐だけではなく周りの男たちもナターシャのあどけさと「翳」をともなった魅惑に翻弄される

ことになる。

 

ナターシャを出迎えた大きなロシア料理店を営んでいるはずの元老貴族の二人は貧しい佇まいで

あり、実際営んでいたのは大通り公園の外れで創成川沿いの小さな「ジャルマンカ」という小さ

なパン屋だった。小さな店内に相応しくない奢侈な「ジャルマンカ」が中央に置かれ「ロシア国

家」を荘厳に奏でる。

「ナターシャの肉体のなかではそっとひそんでいるだけの「ロシアの哀しみ」も、この老貴族た

ちにとっては、かつての日祖国もろとも皮膚をひき裂かれて剥奪された現実である。その苦痛は

彼らの魂が地上に在るかぎり滅びることはない。」

二人の老人は唯一の愛の対象としてナターシャに固執しを奪い合い、かつて友情は絶え互いに憎

しみ合う。そして「生活の翳」を振り払い寂しさ悲しさを癒すために時おり家を出て男たちと過

ごすナターシャの心を身体をますます傷つけていく。

そのようなナターシャを救うために以前よりナターシャに心惹かれていた信之は結婚を決意する。
その信之を衣子は密かに愛していたがその想いを打ち明けることなく、真岐にだけに老い果てな

がらも空しい夢を追い続ける実父の誘いを受けて樺太行きを決意ことを告げる。真岐に出立後に

啓子と信之に「出自の秘密」を告げることを託す。

 

まき、信之、ナターシャそして今回が最後となる衣子は氷上カーニバルに集う。

「真岐さん、どうですか。わたくし素晴らしいでしょう」ナターシャはそういって、あどけない

少女のように、さも愉しげに二、三度ゆるい旋回をした。ルパーシュカ風の白ビロードの上衣を

着、たっぷりと裾にふくらみをもった下袴(スカート)をつけて茶革の長靴にスケートをとりつ

けていた。貂皮の帽子をかぶり、腰に剣を提げ、短い緋色のマントを肩に吊って得意げに微笑し

て立っているナターシャは、なるほど遠い物語のなかから抜けでてきたような美しさであった。」

銘々種々の仮装した人ごみに中で3人はナターシャを見失う。


氷上カーニバルが終わった翌日、イヴァンは「唇を薄くひらいて愉しそうに微笑したまま、冷た

くなっているナターシャ」と「きちんと新しい上衣(ルバーシュカ)をつけ、裏の物置小屋の梁

にくびれてぶら下がった」セリョージャを見つける。
その翌日、衣子は父とともに未だ厳寒の樺太を目指して出立する。衣子を見送りに来たマキは別

れの言葉を探しあぐねているままに思わず発した「僕も東京へ帰ろうかな」という自分の言葉に

驚き東京へ戻ることを心に決める。


この小説の舞台の時代より40年を経た大学の生活の終わりのころに初めて読んだ。当時は文庫

本だった。そのころ札幌に戻るか東京に残るか悩んでいたが結局東京で就職し結婚、子育ての中

で札幌は遠い故郷になっていた。ところが23年前に思いもよらぬ転勤で札幌に戻ることになっ

た。しかし赴任した営業所は小説の舞台に近い西屯田にあったのにもかかわらず、「北国物語」

を思い出すこともなくすっかり「田舎の東京」と化した街中で忙しない日々を過ごしていた。

ふと人生を振り返る齢となり既に失せていた文庫の代わりとなる「船山馨小説全集1」を手に入

れ再読した。

以前の映写機のモノクロフイルムのような「北国物語」の景色が自分の記憶の残像と重なり鮮や

かな色彩を帯び、朝靄に濡れる木々や草花の感触、秋から冬へ彩りをす山鼻の風景や重く垂れる

空と真白な雪の中を通る電車。そして次々と目前に浮かび上がる登場人物たちのイメージ。

特にナターシャの叔父セリョージャは昔街中の路上にいた羅紗の露天商そのものであり、ナター

シャは昔HBC会館の地下にあった揚げピロシキと焼きピロシキが美味しいロシア料理店の金髪

で碧眼の可憐なロシア人ウェートレスと面影が重なる。

 

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